ウィメンズ

          NO.12



第4回交流会の報告はこちら



第12 回の寄稿は、玉木(中谷)恵さん(学35C)です。



  メイク・ア・ウィッシュ    Make a wish !




 小さいときは誰にでも夢の1つや2つはあると思います。もし子どものころに思い描いた大きな夢が今すぐかなえられるとしたら、どんなに心が弾むことでしょう。
『メイク・ア・ウィッシュ』という団体があります。難病と闘う子どもたちの夢をかなえる団体です。偶然近くの店でふと目に入った、たくさんの子どもたちの笑顔が載っているパンフレットを手に取り、昔の出来事が思い浮かびました。

 我が家の娘が4歳の時、小児ぜんそくで大きな発作を起こし緊急入院しました。入院先の小児病棟で、様々な子どもに出会いました。



 病名はわかっても、どうして発病したのか原因がわからず入退院を繰り返している、小学5年生くらいの女の子。薬の副作用で顔が腫れあがり、「学校に行くといじめられるの」と泣きもせずに打ち明けてくれました。まだ幼稚園入園前の幼い女の子は、何処が悪いのか長期入院中。母親も疲れているせいで、付き添いもままならず、自由時間もひとりぼっちで寂しそうでした。遺伝性疾患のため日常生活が困難で、長期間入院して院内学校(つまり病院内にある学校)に通っている中学生。ドラえもんの時間になると大騒ぎ。幼い仲間とテレビ室で見るのが楽しみでした。

 ある時、面会に来られていた1人のお母さまと自分たちの子どもの病気についての話になりました。
「いいわねえ、ぜんそくで…。治るもの。」と、その方が衝撃的な言葉を口にされたました。聞けば、息子さんと娘さんがいるそうです。息子さんの方は幼い頃小児ぜんそくだったのが成長するにつれ健康になりました。だけど、娘さんの方が原因不明の病気を発症し、何年もの間入退院を繰り返しているそうです。お母様は殆ど毎日夕方に身の回りの世話に来られているとのこと。

 私は、ひとことも返せませんでした。わが娘は主に自宅での治療でした。が、親子ともに夜の睡眠が充分にとれず、下の娘の世話も増え、途切れることのない通院に私は疲れ果てていました。いつになったらよくなるの? もう長い間夜もろくろく眠っていない…。私にとっては、当時、自分の人生の中で一番つらい毎日だと感じていました。それでも、娘の病気はいずれ良くなるだろうと、漠然とした希望が持てました。

 それに較べて、その方は治るかどうかもわからない難病の娘さんを抱えて、治療に専念させる以外にすべがない。お母様の深い嘆きは私の想像を超えるものだったと思います。健康な子どもとその家族が当たり前のように楽しんでいる時間が、この親子たちに少しでもあったなら…。
 わが娘が退院した後も、御一家の苦悩をずっと忘れることはできませんでした。

Make a Wish


 それから7年。まだ少し娘の健康に悩みながらも精神的な余裕は出来てきました。その頃です。私が『メイク・ア・ウィッシュ』 のパンフレットを手にしたのは。
 私でも何かお手伝いができるかもしれない、と早速横浜でのミィーティングに参加しました。

 会場にはボランティアの方々が集まっていました。アテンド(付き添い)した人が中心になって、難病の子どもたちのウィッシュ(つまり夢)の内容や、その夢が正に実現された時の子どもの様子を語ったり、時にはTV放映されたときのビデオを見たりして、夢が実現された喜びをボランティア全員で分かちあっていたのです。

 私は、その日、感動して涙したり、愉快なエピソードに笑いあったりする居心地の良さを体験しました。それに、個性的なボランティアメンバーと会える楽しみもあって、その後もできる限りミィーティングに出席しています。また、チャリティ・マラソン(皇居周辺)のお手伝いをしたり、チャリティー・コンサートに出席したり、『メイク・ア・ウィッシュ』のパンフレットを出会う人に渡したり、娘の学校にポスターを貼る依頼をしたり、わずかながらのボランティア活動をし、今日に至っています。



 実際に1つの夢を実現するためにボランティアメンバーでチームを組みますが、時には長い年月を要すこともあり、また現場ならではのハプニングや苦労が多いのも事実です。でも、夢が本当にかなえられた子どものこの上ない笑顔を見たり、その家族の幸せそうな様子をそばで感じたりした時、自分たちもパワーをもらうのです。

 私はまだ子どもさんの夢を実現する現場での活動に参加したことはありません。でも、焦る必要はないのです。体力、時間、仕事などに合わせて無理なくそれぞれボランティア・メンバーが少しずつでも活動を続けていくことが大切だと言い聞かされています。自分にできることだけを選んで、とても気楽に活動をしています。
 自己満足と言われればそれまでですが、自分が何かお手伝いしたことが役に立ち、誰かが喜んでくれるなら、それが自分の幸せになります。また、その幸せが順々につながっていく”幸せのチェーン”ができればいいと思うのです。

 1980年にアメリカで始った活動が世界33カ国の地域に広がり、約21万人の夢をかなえてきた『メイク・ア・ウィッシュ』。1992年には、国際組織の下に『メイク・ア・ウィッシュ・オブ・ジャパン』が発足しました。現在、東京本部以外にも8都市に支部があります。

 難病と闘う子どもたちは、疲れ果て、夢を持つことすらあきらめてしまいがちです。夢見る力を取り戻し、病気に立ち向かう勇気をもってもらう。これが『メイク・ア・ウィッシュ』の活動趣旨です。
 以下に、日本の難病の子どもたちのウィッシュを幾つか紹介します。

  8歳の女の子    お散歩に行きたい。
  7歳男の子      ニュージーランドに行きたい
  12歳女の子      家族写真を撮りたい
  10歳の男の子    東京ディズニーランドに行きたい
  15歳の男の子    プロ野球選手に会ってキャッチボールをしたい
  17歳女の子      プロのメイクをしてドレスを着て、写真をとりたい



 また、ウィッシュアシストとして、世界各国の子どもたちの夢をかなえるお手伝いもしています。

  9歳 台湾     東京ディズニーリゾートに行きたい
  12歳 アメリカ   お寺や日本庭園を訪れたい。

 子どもたちのウィッシュを実現するためには、@運営資金集め A広報活動 B実際に実現するための活動などで多くの方々の助けが必要です。
 関心のある方は、ぜひ、『メイク・ア・ウィッシュ・オブ・ジャパン』のホームページを御覧下さい。

 → こちらをクリック




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