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          NO.15



第5回交流会の報告はこちら



第15 回の寄稿は、三村(笹井)淑子さん(学30EA)です。



 音訳を続けて


 「音訳」という言葉をご存知ですか。”ホンヤク”ではなく”オンヤク”です。視覚障害者のための「声の図書」や「録音図書」といえばお分かりいただけるでしょうか。
 この音訳ボランティアを都内の点字図書館で細々と続けています。標準語の本場・東京で、関西人だてらに、エラいことを始めてしも〜た、と言いながら早や10年です。

 きっかけは、区の広報で点字図書館の「音訳ボランティア養成講習」の記事を見たことでした。音訳=音声学をイメージしました。英語の音声学はやりましたので、日本語の音声学も面白そうでした。点字よりは易しそうだし、外大では混声合唱団と英米語劇団、子供が生まれてからは読み聞かせボランティアの経験があり、声を出すことで人のお役に立てればと考えました。

 漢字の読みと短文の音読テストを受けて採用され、20回ほどの講習を受けて活動を始めました。点字図書館から渡された本を、下読み・読み方調べ・打ち合わせの後、読んで録音していきます。早口の必要はありませんし、間違えれば直すこともできます。小さな録音室に1人こもっての数ヶ月がかりの地味な作業です。機材を借りて自宅で録音する人もいます。
 読み終えると校正ボランティアにチェックしてもらい、訂正して仕上げます。最初のイメージとは少し違いましたが、続けていくと面白くなりました。



 点訳と音訳

 点字は、フランス軍の夜間連絡用の暗号を基に発明され、200年近くの歴史があります。普通の文字(”墨字”と呼びます)を点字に置き換えるのが”点訳”で、数人のグループで1冊の本を点訳するのが普通のようです。小さい頃から視力障害があり盲学校や特別支援学校で点字を習った人なら、”晴眼者”(目の見える人をこう呼びます)の読書並みのスピードでスラスラと点字を読んでしまいます。
 しかし点字の習得は大変で、大人になってからの中途失明者がそこまで上達するのは難しいそうです。また、点字に直すと量が増え、コンサイス英和辞典1冊が全100巻にもなってしまいます。
 点字図書館では点字図書や録音図書を扱い、全国規模で貸し出しを行っています(盲人用郵便は料金が免除されます)。名前は点字図書館ですが、現在は点字図書よりも録音図書の利用の方がずっと多くなっています。

 墨字を音声に置き換えるのが”音訳”です。途中で声が変わるのを避け、1人の音訳者が1冊の本を最後まで通して読むのが普通です。利用者の前で生で読むのは「対面読書」又は「対面朗読」と呼ばれますが、いわゆる「朗読」と音訳とは微妙に異なります。



 朗読と音訳

 朗読は、読み手が感動を伝えようと個性を発揮して表現し、聞き手はそれを鑑賞するのです。音訳は、利用者のニーズのため、つまり、鑑賞ではなく情報提供の手段なので、くせのない聞きやすい読み方が求められます。早く読みたい利用者のために、仕上げの速さも大切です。
 視覚に障害を持っている人は耳の良い方が多く、3倍速で聞いたり(私などは墨字を目で追いながらやっと聞き取れる速度です)、中には5倍速でも聞き取れる人もいるそうで驚きです。

 耳で聴くだけで分かり易いように、いろいろな工夫が必要です。間の取り方、括弧などの記号の処理(「カッコ・・・カッコ閉じ」と入れるか、入れなくても声の調子でわかるような読み方をするか)、略語の読み方も、W杯→ワールドカップ、QB→クォーターバック等、省略せずに伝えます。必要ならば、漢字の説明、同音異語の説明、アルファベットのスペルアウト、図・写真・地図・表・グラフの説明を入れます。これらは、点字図書館の担当者との打ち合わせで決めます。

 読みの下調べには非常に時間がかかることがあります。○○町は「○○まち」か「○○ちょう」か、黙読だけの時には気にならなかったことをいちいち調べなくては音訳をスタートできません。
 よくある失敗談としては、読み方の判らない外国語が突然出てきて、やむなく綴りを一字一字スペルアウトしたり、漢字では、著者も把握していなさそうな難解な固有名詞が出てきて立ち往生したり、また、登場人物の名前の読み方が判らない。例えば、「裕子」を「ひろこ」と読み進んだものの、最後の部分で「ゆうこ」とルビがふってあって、全部訂正するハメになったり…等々、苦労話には事欠きません。
 図の説明にも頭をひねり、図版の多い本では説明文の原稿を数十枚も書くこともあります。





 利用者の要望もあり、本のジャンルはさまざまです。小説・エッセイはもちろん、医学書・科学読み物・歴史書・哲学書・実用書・タレント本・家電の取扱説明書なども。月刊誌や週刊誌を毎号手分けして猛スピードで音訳しているグループもあります。自分では絶対に読まないような本との出合いは面白かったり苦労だったりします。

 視覚障害者に多い職業:あんま・はり・きゅう・マッサージ師の資格を取るためには解剖学や生理学の勉強も必要なので、東洋、西洋ともに医学書の需要は多いです。医学用語にも幾分慣れましたが、内容を理解できて読んでいるわけではありません。文の区切りや語の係り関係などが正しく読めていればよしとします。専門書に関しては利用者のほうが専門知識をお持ちですから。

 難しい本はもちろん読むのが大変ですが、別の意味で読むのに困るものがあります。性描写です。黙読ならまだしも、声に出して読むのはちょっとつらいものがあります。断ることも出来るのですが。暴力シーン満載のバイオレンス小説など、なんで私がこんな女の敵みたいな本を…と、読んでいて憂鬱でした。しかも、最後には音訳担当者として自分の名前も入れなければなりません(匿名か偽名にしたいぐらいでした)。
 ベテランの先輩女性は、「来る本は何でも読む。ある意味、プロ意識が必要よ。」と涼しい顔をしています。本の内容に理解も共感もなくても読むのが音訳なのです。


 アクセントには注意していますが、端々にポロッと関西訛りが出てしまうことがあり、『 NHK アクセント辞典』や『新明解』・『大辞林』などアクセント表示のある国語辞典は手放せません。アクセントばかりを厳しく指摘される訳ではありませんが、標準語のネイティブ・スピーカーである東京出身者が羨ましいこともあります。せっかく関西弁ネイティブなので、両方を使い分け、使いこなせればと思っています。関西弁の出てくる本だと張り切るのですが、調子に乗ると使い分けが怪しくなります。
「東京の人には関西アクセントを嫌がる人もいるから、関西弁の部分もあまりコテコテではなく標準語に近いアクセントで」などと言われたこともありますが、そんなこと…でけへん、ようせぇへん!

“英語なまりの日本語”なら真似できても、“標準語なまりの関西弁”はなぜかネイティブには無理でした。北海道大学助教授・山下好孝先生(外大イスパニア語学科・院出身!)の『関西弁講義(講談社選書メチエ)』によると「関西人は関西弁を変えようとしないのではない。変えられないのだ」そうです。先生は、NHK『日本語なるほど塾』にも出演しておられました。
 関西弁には固有の高低アクセント(中国語の四声に通ずる?)があり、標準語と真逆だったりするものも少なくありません。



 活動を始めた頃はカセットテープでしたが、今はデジタル録音でCD−ROMが主流になってきています。1冊の本が、カセットテープ(通常90分)だと数巻に分かれていたものが、CD−ROM(圧縮して50時間程度収録可能)だと軽く1枚に収まり、通して聞ける上に、かさ張りません。
 デイジー(DAISY−Digital Accessible Information SYstem)という国際規格で、聞きたい章・節・ページに飛ぶことができ、索引も利用できるようになっています。PCや専用機を使っての録音は慣れるまでは一苦労でしたが、訂正や追加が自由にでき、テープの残り時間を気にせず録音できるようになりました。

 音訳ボランティア・校正ボランティアの他にデイジー編集ボランティアという仕事も必要になりました。さらに進んで、音声データをネット配信するところまで来ています。デジタル化は点字の方が早くから進んでいて、かさ張る紙媒体ではなく、点字データを入出力して指先で触って読める点字ディスプレイという機械まであります。

 印刷された活字を音声で読み上げる音声読書機も開発されています。文字が整然と並んだ本や文書なら、合成音声でかなり自然な感じで読み上げます。音訳の時間がかからず、読みたい本がすぐに聞けるのはすばらしいですが、音訳の手間もかかっていないため、漢字などの読みの精度に問題がある上に、図や表、新聞や雑誌の見出しやレイアウトには対応できません。音訳者の仕事が無くなるわけではないようです。電子書籍の読み上げ機能はどのようなもになっていくのでしょう。

 PC画面やHP・メールを読み上げるソフトもあります。男声・女声が選べるものが多いので、盲目のエッセイスト・三宮麻由子さんによると、女友達からの女言葉のメールを男声で読み上げさせて笑い転げたりするそうです。



 1年間に仕上げられる本はせいぜい2〜3冊で、まだまだベテランの域には程遠いです。細かい反省点はたくさんあっても、1冊の本を仕上げた時には達成感は何ともいえません。私の音訳したものが、点字図書館の蔵書として登録され、貸し出しに利用されるのです。

 利用者とじかに接する機会の無いボランティアですが、視覚情報のあふれる時代に、言葉や文字や視覚によらない情報に関して色々なことを考える機会を与えてもらっています。これからも細く長く音訳を続けていきたいと思います。

                                    2010年11月
 


 






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