第4回は若葉(旧姓:松岡)恵子さん(学30C)に登場願います。若葉さんは、1981年に中国学科を卒業、
富士ゼロックスに勤務されました。社内結婚の後も勤務を続けておられましたが、御主人のアメリカ赴任を
機に退社。御主人に帯同して、ニューヨーク州のロチェスターに移られました。在米中に偶然目にした
1枚の絵に強く惹きつけられたことが、今の活動に繋がる大きなきっかけだったようです。

 モンローのコミュニティ・カレッジで基礎から絵の技法を学び、日本に帰国後、出産・育児のブランクの後、
勉強を再開、独自の画風を確立されました。若葉さんの絵の魅力は何といっても軽やかなタッチとハイセンスな
色使いにあります。テーマは静物、風景、人物と多岐にわたりますが、どれも1枚の絵の中に物語があり、
詩(うた)があるのです。

 今日は、横浜そごう9階にあるギャラリー「ダダ」で個展開催中の若葉さんを訪ね、その生い立ちから絵の
世界に入られた動機、更には若葉作品の魅力の秘密など、お話を伺ってきました。

 

〔インタビュー後記〕

若葉さんに初めてお会いしたのは3年前、矢張りギャラリー「ダダ」の個展会場だった。静物画が主体だったが、
どれも軽やかなタッチで描かれていて、私を魅了した。その中で紅花を描いた「太陽の花」という小品を買い求め、
今もリビングに飾ってある。若葉さんはお会いするたびに逞しくなっていくようだ。絵のジャンルも拡がってきた。
絵の話題になると、眼が輝き、話す言葉の節々に自信が感じられる。本人も言われているように、画家として
主婦として、とても充実した生活を送っておられるのだろう。今後の更なる飛躍を祈っている。 
                                                  (2013年6月14日 取材)


尚、若葉さんのウェブ・ギャラリーは→ こちら

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  バックナンバーは下記の氏名をクリックして御覧下さい。

第1回 文藝春秋社長/平尾隆弘氏(学19E)  2012年3月取材

第2回 陶芸家/濱村(旧姓 木戸)祐子氏(学31E) 2012年10月取材
第3回 レアメタルのトレーダー/西野元樹さん(学46P) 2013年4月取材

ー 若葉さんは、一口で言うと、画家、主婦のどちらだと思われますか?

若葉: あまり考えた事はありませんが、主婦の方が先に始まったので、その範囲の中でできることが
  続いています。


ー そして、画家・若葉恵子は各所で後進の指導に当たっている。

若葉: そんな大袈裟なものじゃないですが、神奈川県5カ所のカルチャー教室で、透明水彩画の講座を持たせて
  頂いています。


ー 今日は長時間ありがとうございました。これからもますます御活躍下さい。






 以下は個展会場でのスナップです。

          

   

ー 今日展示されている作品の中では「Memories」という
  女の子の絵がありますね。あれなんかも素敵ですね。
  

若葉: 頂いた知人のお孫さんの写真が可愛かったので、
  桜の下を歩いた時のイメージに合わせて描いてみました。
  実際にモチーフを見て描く静物画や風景画でも、リアルと
  空想を行き来する感覚で描くことが多いです。


ー ますます絵のテーマが拡がっていくのが楽しみですね。

若葉: その意味では、今般、中村さんの素敵なエッセイ集に
  イラストを描かせていただいたのはいい経験でした。
  本の挿絵は私には新しいジャンルです。

(注:管理人の中村が出版した本の挿絵をお願いした。)

ー そういえば、作品の中に「Moonlight Cruising」でしたか、メルヘン調の作品がありましたね。あれなどは
  想像画ですよね。絵本にはピッタリの絵です。


若葉: 魔女の絵を描く依頼があり、想像で描きました。

ー 「Super moon」は?

若葉: 半分想像です。満月が妙にきれいだった翌日、スーパームーンの記事を読みました。“月が地球に
  最接近した時に満月を迎えると、普通の満月より明るく大きく見える現象だそうです。
  その瞬間夜だった場所にカナダ東部がありました。旅行のスナップを引っ張り出し、月は出ていない昼間の
  風景でしたが、スーパームーンを想像しながら描きました。

    
 
                  Super moon                           Moonlight cruising
  


ー 白い部分は画用紙の地肌を表面に出し、白い絵の具は使わないというわけですね。そうすると、
 明るい部分が多いと絵の具の塗り方が難しいですね。

若葉: マスキングなどの技法があり、それが奥深さ、面白さなどにつながって行きます。

    

  (こういう絵にも白の絵の具は一切使われない。白い花や貝、レース、それに花の光っている部分は紙の地肌)


 モンローのコミュニティ・カレッジで2年間、基礎を勉強されて帰国となるわけですが、日本に帰られてからも
  ずっと絵は続けられた?


若葉: 1987に帰国したのですが、暫くは出産と子育てに専念しました。一男一女に恵まれました。絵を再開
  したのは2000年頃からで、数年後に大変人気のある永山裕子先生に師事し、今も続いています。

ー 以前は静物と風景が主体だったと思うのですが、最近は人物や想像を取り入れて、絵に拡がりが出てきた
  ように思うのですが…。


若葉: 新しい分野を色々と模索しています。

 
ー 今日はお忙しいところ、時間を頂戴しまして恐縮です。早速ですが、御出身は神戸ですか?

若葉: 生れは神戸ですが、父の転勤で幼稚園のときに横浜に移りました。中学の後半、ベッドタウンに
  なりつつあった茨城県・取手市に転居しました。高校は水海道(みつかいどう)第一高校です。


ー そのころの若葉さんはひと言でいうと?

若葉: 幼少期はおてんばで、中学、高校ではテニス部に入っていました。

ー 絵は描かれていたのですか?

若葉: 高校の選択科目で美術を選んだ程度です。デッサンの成績は良かったですが、
  絵の具の扱いが良く分からず、色を塗ると見栄えがしませんでした。


ー それで、外大に入ることになるわけですが、神戸外大はどうして? 中国語を選択された動機も併せて
  お聞かせ下さい。


若葉: 自分の中では英語がマシなので語学かな・・・程度の動機です。
  神戸には親戚も居るので、神戸外大ということに…。これからは中国語が役に立つだろうという
  父親の勧めもあって中国学科にしました。


ー 外大時代はどんな学生でしたか? 部活はなにかやられていたのでしょうか?

若葉: 先ず、テニス部を考えました。けれども、布引の滝までマラソンがあると聞いてやめました。
  長距離は苦手だし、貧血症なのでマラソンは不安でした。それで、ESSに入りました。


ー 専攻が中国語で部活ESSというのはどうして?

若葉: 第二外国語としての英語だけでは、どんどん忘れていきそうな不安があったからです。
  英語は基本的な外国語だし、嫌いではなかった。


ー 美術部は頭になかった?

若葉: 少し頭を掠めましたが、当時はそれほど絵に興味はなかったですね。

ー それで、卒業後はどちらへ? 直ぐに就職されたのですか?

若葉: はい、富士ゼロックスに入りました。勤務地は東京です。取手の実家から通いました。

ー 難関だったでしょう。

若葉: タイミングがラッキーでした。当時、私が配属された新規事業部は海外色豊かで、
  英語は勿論、ドイツ語・フランス語・ロシア語・スペイン語学科卒の方々が揃っていました。
  中国語もいたら良いということだったようです。


ー 中国語には相当自信があった?

若葉: 余興で中国の歌を歌う程度で、自信など全くありませんでした。

ー それではお仕事に差し支えるでしょう。

若葉: 当初、中国語は全く必要なく、安心していました。ところが、段々違う流れを感じ始め、
  仕事帰りに中国語会話に通いました。後に、中国からお客様が見えるようになり、筑波万博や
  日光などへアテンドしました。中国人通訳の方も同行されていたので、挨拶や同行中の会話などの
  範囲でよかったのでなんとかなりました。


ー 社内結婚されたのですね? 新居は?

若葉: 入社3年目で社内結婚しました。新居は世田谷の用賀に住み、仕事は続けました。

ー その後、転機が訪れるわけですね。

若葉: はい、2年後の1985年に主人がアメリカ転勤となり私は退社し主人と一緒に行く
  ことにしました。


ー そうですか。外大時代ESSで頑張った英語が陽の目を見るわけですね。生活は一変したでしょう?

若葉: はい。多民族国家だけあって、渡米したての私も“外人”と思われず、道を尋ねられたり、
  店内では商品の事を訊かれたり・・・又その質問のテンポが速く、最初は大いに戸惑いました。
  それに、運転できないと話にならないので、免許を取ることからのスタートでした。取れた頃には、
  英語のスピードや習慣的な言い方にも慣れていました。


ー そして、ある日、訪れた歯医者で運命の出逢いがあるわけすが、その辺のところを少し詳しくお話し
 下さい。


若葉: 歯の詰め物が取れたので近くの歯医者に行きました。日本では簡単に済む治療なのに、
  アメリカでのやり方は大げさで、苦痛を伴いました。治療が終わり、診療椅子が起こされた時、
  目の前に掛けてあった一枚の絵が目に飛び込んで来ました。治療前にはそこにあることにも
  気付かなかった絵でしたが、色彩の美しさが心の中にまで染み込んでくるようで、治療の苦痛も
  す〜っと和らぎ、とても不思議な感覚でした。


                                

ー どんな絵だったのですか?
  
若葉: ピンクの百合の絵でした。何とも言えない透明感や、柔らかくもメリハリのある色彩…
  それまで見たこともない画風の水彩画でした。瑞々しい画面にくぎ付けになっているうち、
  ひときわ輝きを放っているはなびらの部分は、塗りのこされた紙の白であることに気付きました。
 "Watercolor?”と訊くと、“Yes, transparent”という答えでした。“透明水彩というのかな…?”と、
  日本語としても未知の言葉でした。


ー それで、どうされましたか?

若葉: 早速本屋さんに出かけました。アートのコーナーには、関連の本が沢山並んでいて、
  アメリカでは既に確立されたジャンルになっていている事が分かりました。そして、たまたま
  近くの大学で一般学生と共に学べる透明水彩画のコースを見つけました。

ー ここで、水彩画の種類について少し説明願えますか。

若葉: 水彩画の定義は絵の具を水で溶いて描く絵画で、アクリル画・ガッシュ(不透明)・透明水彩の
  3種類があります。それぞれ顔料(粉)は同じですが、紙に定着させる為の溶剤が違います。
  アクリル絵の具はアクリル樹脂が使われています。ガッシュと透明水彩はどちらもアラビアゴムの
  溶剤ですが、透明水彩の方が顔料の濃度が低く、簡単に言うと、顔料と顔料の隙間から紙の白さや
  下に塗った色が透けて見えるという感じです。なので、紺や茶など濃い色の上に黄色や薄いピンク
  などの色を塗っても、はっきりみえません。色セロファンを重ねた時の感じです。

お邪魔しま〜す! 第4回

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個展会場の入口です。