第8回は横笛奏者の松尾慧(旧名:大浦典子)さん(学25P)です。
今年(2014年)の関東支部・同窓会に参加された方は、よく覚えて
おられるでしょう。篠笛、龍笛、能管の3種類の伝統的な日本の笛を
紹介し、最後には素晴らしい「春の歌」の調べを聴かせて頂きました。

 7月22日、その松尾慧さんを横浜に訪ねました。お話を伺っていく
うちに、松尾さんには色々と意外な側面があることが分かりました。
以下は、そのインタビューの概要です。




     



ー お邪魔しま〜す。同窓会での演奏は素晴らしかったですね。

松尾: そうですか。私はとても緊張しました。

ー どうしてですか。ステージでの演奏はもっとたくさんの観客でも平然とされていますが…。

松尾: 演奏会は緊張しません。皆さん、音楽を聴きにいらっしゃったわけですから。だけど、ああいう席では全員が音楽を聴く準備が
   出来ているわけではありません。懐かしい仲間とお喋りに興じておられる。そこに私がお邪魔するわけですから。

ー なるほど。それで観客の後方から笛を吹きながら入場された。でも、笛の音が響き渡ると皆さん静かになりましたね。

松尾: ええ、少しいたずらしてやろうと思って…。

ー 今日はお忙しいところ、私がお邪魔するわけですが、先ず、生い立ちからお伺いします。岡山の御出身でしたね。

松尾: はい、岡山市内です。高校は少し離れた大安寺高校です。自転車通学でした。

ー それまで、何か楽器はやっておられたのですか?

松尾: 7歳から中学時代までピアノを習っていました。ピアノは大好きで、音楽するのを楽しんでいました。ところが、中学に入って、
  新しい先生についたのですが、この先生は音大受験生を専門に教える厳しい方で、あるときこっぴどく叱られたのです。
 「音楽は遊びじゃない!」と…。この先生の指導方針では、音楽は技術を身につけるのが先で、楽しむのは早すぎるということでした。
  まるで自分の全人格を否定されたような気になって、直ぐに止めてしまいました。とても辛かった。それ以来暫くピアノはトラウマでした。


ー で、高校時代は他のことを?

松尾: はい、音楽とは全く関係のない弓道部に入りました。何となく始めたのですが、面白くてハマってしまいました。でも、高校を
  卒業すると止めてしまいましたが…。

ー そうですか。で、高校卒業後はどうして神戸外大に?

松尾: 実は、私の第1志望は理科系でした。自分のことを「リケジョ」だと思っていました。宮沢賢治の影響が大きかったかも…。
  あまり知られていませんが、賢治は理系なのです。最終学歴は盛岡高等農林学校(現・岩手大学農学部)でした。私も賢治の
  真似をして地元の岡山大学/農学部・農芸化学科に入ったのです。


                                  


ー えっ、そうなんですか。それが、また、どうして外大に、しかもロシア語に?

松尾: 農芸化学はとても面白かった。特に、定性分析や定量分析は好きでした。だから、岡山大学には1年近く通ったのです。
  だけど、ある時、リケジョとは別の「もう1人の自分」が私に囁きかけたのです。
 「そんなことをしていていいのか? 他にやることがあるんじゃないの?」と。

   そこで、何か新しいことにゼロからチャレンジしてみようと決心しました。それが1月15日のことでした。大学を受けるとしたら2期校
  しかない。それで、神戸外大。ロシア語は一番難しそうな外国語だから…。

ー へぇー、凄い決断力ですね。ロシア語について事前に何か予備知識があったのですか?

松尾: 特にありません。ただ、祖母と母がハルピンからの引揚者でした。それでロシアのことは少しは聞いていました。それに、
   ロシア民謡は好きでしたし、エセ―ニンの詩なども素敵でした。


ー 外大ではどんな学生でしたか?

松尾: 非常に真面目な学生でした。何しろ、4年間で全く新しい言語を習得しなければいけないので。語劇祭などにも参加して、
  ロシア語に没頭しました。


ー そうでしたか。1976年には卒業されるわけですが、卒業後はどうされました?

松尾: ナウカ(注:ロシア語関係の出版社)に入りました。7年弱勤めました。

ー ナウカ時代には横笛との出逢いはなかったのですか?

松尾: 特になかったです。でも、演劇に興味があったのでナウカ時代にあちらこちらの劇団の公演を覗いていました。それで、
  ナウカを辞めてから、暫く人形劇の劇団を手伝いました。人形劇の奥様役などもやったのですが、他に音楽担当をしていました。
  弾くのはキーボードですが、ピアノの経験が役に立ちました。作曲家の方も居られて、その方が篠笛の曲を作ったと言われました。
  聞いてみると興味が湧きました。

ー 演劇がお好きだったのですね。

松尾: ええ、大学のとき語劇祭をやった関係でしょうか。人形劇の後は、池袋小劇場の劇団に入って、ブレヒトの芝居などもやりました。

ー 先ほどの篠笛の作曲ですが、その方の曲を演奏することになるのですか?

松尾: 結果としてそうなりました。その作曲家の方が亡くなられたのです。自殺でした。それで篠笛の楽譜が残ってしまった。
  その楽譜を何とかしたいと思い、篠笛をやることにしたのです。1982年のことでした。


ー ピアノの経験があったにしても、横笛は初めての楽器ですよね。どのようにして練習されたのですか?

松尾: 色々な先生につきました。ゼロからのチャレンジですから、ロシア語の学習と同じです。お仕事をしながら片手間に練習
  などできません。それで劇団も退団しました。


ー 今度の転身のときも「もう1人の自分」が心に囁かれたのですか?

松尾: そうですね。その時は、リケジョでもない、ロシア語を勧めた自分でもない、また別の私が居ましたね。私って多重人格者
  なのでしょうね(笑)。



ー それでは、横笛の修行時代のことは省略して、いよいよ演奏家として出発されたわけですが、デビューは何時になりますか?

松尾: 正式なデビューというのは特にないのですが、1990年代にはもうステージに立ってました。

ー ウェブ上で検索すると、松尾さんは随分手広く公演されているようですが、年に何回くらいステージに立たれるのですか。また、
  1日の練習時間はどのくらいですか?

松尾: コンサートホールでの公演というのはそれほど多くありません。が、プライベートな演奏会も含めると、年に数十回でしょうね。
   また、練習は家に居るときは1日、7〜8時間やっています。


      

     1999年、京都・大徳寺              2012年、青山                    2010年、ティアラ江東
                               カニングハム記念青少年音楽協会


ー 「全国横笛コンクール」の第1回が、昨年、茨城で行われましたが、こういうコンクールには出られないのですか?

松尾: こんなことを言うとコンクールをなさる方には失礼かもしれませんが、私にはコンクールというものが今一つピンとこないのです。
  勝者を選ぶ基準というのは、多分、演奏技術が中心になると思うのですが、特定の基準で順位を決めるのは音楽するものを型に
  はめるというか、音楽する自由を束縛するように思えるのです。だから、コンクールにはあまり関心がありません。仮に出場しても
  いい結果にはならないでしょう。

ー それでは、松尾さんが演奏される上で最も重点を置かれる基準とはどのようなものですか?

松尾: 横笛音楽というものは、お祭り、お神楽やお囃子に始まり、能、狂言といった伝承芸能の中で使われます。従って、それぞれが
  異なった背景の中で演奏されるのです。例えば、能や狂言で演奏される横笛音楽には色々な流派があって、○○流ではこのように
  演奏しなければならないというルールが決められているのです。

   私の目指す横笛音楽というのは、そういったルールを離れて、どんな背景にも共通する「横笛音楽の美しさ」というものだけを取り出して、
  それを現代の音楽としても通用する「音の美」という形で聴衆に伝えたいのです。だから、横笛=雅楽という概念は捨てて、例えば、
  ピアノやハープなどの西洋楽器とのコラボレーションを通して「横笛音楽の美しさ」というものをアピールしたいのです。

   表現を変えれば、伝統音楽には次の世代によりよく伝承しなくてはならないという、大事な使命があります。それは、私の立ち位置では
  担えない責任。そこは専門の方々にお任せして、私の立場でできることを、また、私のような立場だからこそできることをしようと考えて
  います。

ー なるほど。それでは、その「横笛音楽の美しさ」とはズバリ言うと、どういうものだとお考えでしょうか。

松尾: 言葉で表現するのは難しいのですが、感覚的には「生きるものの祈りを遠く、はるかに運ぶ力」と捉えています。

ー その「力」は松尾さんの演奏でなければ表現できないというものなのでしょうか。

松尾: それは違います。私は自分流の解釈で演奏することはしません。抽象的な表現かもしれませんが、「伝統音楽の中にある美の
  本質というものを手づかみで取り出して、私の身体を鏡にして、それをリアルな表現で映し出して見せる」ということなのですが…。

ー う〜ん。少し分かりにくいかな。今の松尾さんの言葉を私流に解釈してみたいのですが…。私はクラシックが好きで演奏会にもよく
 行くのですが、ロシア人のピアニストでメジューエヴァという人がいます。

  彼女はソリストですが、ピアノソナタでも協奏曲でも演奏には必ず楽譜を置いて弾く。暗譜していないからではありません。暗譜で弾くと、
 それは自分流の解釈になるという。彼女は弾きながら、スコアを通して、例えば、ベートーベンやモーツアルトと対話しているのです。自分の
 演奏を楽譜を通してベートーベンに確認しながら弾いている。
 「これでいいでしょ」と問いかけながら…。だから、どうしても目の前にスコアがなければいけないという。


松尾: その感覚はとてもよく分かります。私の言葉に翻訳すれば、「自分の身体を透明人間にして、そこにベートーベンの音楽の
  美しさの本質を鏡に映しだすように表現する」ということになります。もちろん、それは私のターゲットであって、現在、そんなことが
  できるということでは決してありません。

ー そのことは、松尾さんのホームページにも次のような言葉で書かれていますね。
  「宝の山のような伝承音楽、古典音楽の森のなかで、その魅力に感覚をひたしながら、今の自分たちの音楽を紡いでいくことが
   できるなら…。道筋のない、あてどない旅ですが、引き換えにあるのは、360°全方向への自由。」


松尾: そうなんです。

ー だけど、「360°全方向への自由」では先が遠すぎます。せめて、60°くらいまでは絞り込んでほしいですね。

松尾: それが出来れば嬉しいのですが…。でも、頑張ります。

ー ステージでの演奏を離れて、横笛の指導にも力を入れておられますね。

松尾: はい、何箇所かで教えています。

ー 確か「芭蕉クラブ」というのがあるとか…。

松尾: 生徒さんが私の苗字から名付けた会です。熱心な生徒さんばかりで、もう15年以上続いています。

ー それと、松尾さんは「江の島囃し」にも力を入れておられるようですね。

松尾: 私は藤沢に住んでいますので、江の島囃しにも参加させていただいています。江の島囃しは県の無形文化財にも登録されている、
  とてもユニークなお囃子です。このお囃子は江の島にある八坂神社のお祭りに奉納されるものです。この神社は京都の八坂神社の末社
  ですから、毎年、祇園祭と同じ7月の中頃に行われます。今年は7月19日、20日の土・日にありました。

   江の島囃しの発祥は江戸囃しと同じころと言われています。楽器編成などをみると江戸歌舞伎音楽の影響が残されているようなのですが、
  音楽そのものは全く異なる独自のもので、そのことに強く惹かれました。音楽は当時の人々の祈りを表すものですから、これからも島の
  人たちと一緒になって、江の島囃しに使われる伝承音楽に潜むものを探っていきたいと思います。

ー 音楽を通じて祈りを分析する。リケジョの松尾さんの登場ですね。

松尾: そうかもしれません(笑)。

ー 今日は、有難うございました。



 [インタビュー後記]

 私が松尾慧さんのことに興味を抱いた契機は、第5回に登場願った織田桂子さん
から、直接、松尾さんのことを伺ったことにある。織田さんと同じロシア学科のクラス
メートが、ロシア語とは全く関係のない雅楽の世界で活躍している。是非一度実際の
演奏を聴いてみたいと思った。

 2013年11月27日にその機会がやってきた。横浜・磯子の「杉田劇場」での演奏会を
聴いた。想像していた雅楽とはまったく違っていた。西洋楽器のハープを奏でる、台湾系
出自の彩愛玲さん、アラブ系打楽器を叩く、パーカッションのクリストファー・ハーディーさん
(米国人)、それに日本人の松尾慧さん、3人のコラボ演奏。全く文化的背景の異なる
3人のアーティストが3つの異なる楽器で不思議なハーモニーを奏でる。新しい文化の
1つの形かもしれないと思った。

 今回、インタビューで松尾さんのお話を聞いて、彼女の目指しているものがおぼろげ
ながら理解できたような気がする。とはいえ、松尾さんの言葉は感性が表に立っていて、
唯物史観の私には解りづらいものがあった。

「伝統音楽の中にある本当の美しさというものを鷲掴みにして、透明人間になった私の
鏡に、手で触ることができるほどのリアルな形で映して、皆さんに聞かせてあげたい」
と言われて、「???」だったが、苦し紛れに出したメジューエヴァの話に共感して貰い、
何とかコミュニケーションが成立したように思う。

 松尾さんの更なる飛躍を期待したい。最後に、この記事のために頂戴した松尾さんの
舞台写真の1枚を紹介する。


              2014年7月22日取材            管理人



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 第2回 陶芸家/濱村(旧姓 木戸)祐子氏(学31E) 2012年10月取材
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 第6回 青山学院大学名誉教授/寺谷弘壬さん(学9P) 2014年1月・2月取材
 第7回 起業家/西尾義彦さん(学12EA) 2014年5月取材




                                
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